ここのところ、
偶然にも「知られざる」シリーズが続いている。


今回は、、、

長編小説「変身」で有名な作家、

Franz Kafka フランツ・カフカ (1882年7月3日〜1924年6月3日)

知られざる功績について。


今回の講習中に、聞いた本当の話

あのフランツ・カフカが 当時 Sicherheitsinspektor 安全管理検査官 として、Dickenhobel 鉋掛け機械の刃の形状を、円柱型以外禁止したというのだ。



dickenhobel
機械の鉋部分(右)
左側から材木を入れると左の歯でしっかりとつかみ、
ローラーで鉋部分まで送り込む仕掛け



鉋を掛ける機械については、前回2回の記事を参照してほしい

円柱型鉋は、写真の右側。
昔は、この部分が4角柱などもあったらしい。

素晴らしいことに、現在でもこの円柱型のみが使われている。

すご〜い!!


こういうことは、実習教科書には載っていないからね。

耳が "ダンボ" になった瞬間であった。。。


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カフカについて調べてみると(wikiより)


プラハのユダヤ人の家庭に生まれた、ドイツ語作家
晩年は結核にかかり、ナチスが猛威を振るう前に亡くなっている。


大学卒業後、プラハ地方裁判所にて1年間の司法研修を受け、イタリアの保険会社「アシクラツィオーニ・ジェネラリ(一般保険会社)」のプラハ支店に入社。


心配性だったカフカは、工場現場への視察の際に、万一の事を考えて軍用ヘルメットを着用していた。
それが基で、事故による保険金支払いを抑制するために、現在、工事現場などで使われている安全ヘルメットの発明に繋がった。

カフカは1908年から1922年まで、プラハ市内の「労働者傷害保険協会(正式には「ボヘミア王国労働者傷害保険協会プラハ局」)」に勤めていた。主な仕事は諸企業の傷害危険度の査定、分類と、また企業側から行なわれる、分類に対する異議申し立て訴訟の処理であり、しばしば数日がかりの出張や工場視察も行った。後には特に木材部門での事故防止にも従事しており、木工機械の事故防止のための詳細な図解入りのマニュアルが カフカの手によるものとして残っている。

カフカは有能な職員であり、特に文書作成能力を買われ、1913年に30人の部下を抱える書記官主任に、1920年には秘書官に、1922年の退職 直前には秘書官主任にまで出世した。1914年の大戦勃発の際には保険協会から「業務上不可欠」とされて兵役免除を申請されている。1918年にはオース トリア=ハンガリー帝国が崩壊しチェコ共和国の時代となったが、チェコ語もできたカフカは解雇を免れた。

 

 

 「変身」「審判」を残した功績も大きいのに、これだけマルチな活躍をしていたとは・・・


本業の功績よりも、
隠れた功績の方に興味を覚えるwarabiなのであった。。。