warabi's tagebuch

カテゴリ:アート Kunst > 音楽 Musik

今年はパリの視察から始まり、ここまでなんだかとっても慌ただしい。ベルリン国際映画祭のすぐあとに、あの巨匠 Robert Wilson & Philip Glass 作品「アインシュタインの浜辺」がやってきて、2週間もの間 カンパニーの一員としてフォロースポットを担当したのがつい先週。

そして今週はmaerzmusikで、Anna Viebrock 演出・舞台・衣装の「IQ」がゲスト。こちらは、いつものあの懐かしい舞台に 見覚えのあるあの役者陣なはずなのに、あまりにとんちんかんな現代音楽すぎて、warabiには理解不能という、とても不思議な取り合わせ。ああ、Philip Glassのメロディーが懐かし感じる...

それもやっと今日が千秋楽で、ホッとできる幸せ! ここまで春うららな天気が続いていたのが嘘のように、崩れるという予想。いいんです。それでも。はい。


ドイツの春はもう半ば。クロッカスの季節はとうに過ぎ、桜種が咲き始め、劇場のモクレンも帽子を脱いでつぼみも膨らみ始めているこのごろ。

4月末にある恒例 Teddybaer Totalのために準備しなければいけない時期なのに、それどころではないというのが現状。これで大丈夫なのか、warabi。少しは焦らないといけないのでは?

さらに追い討ちをかけるように、友達が住んでいる田舎のフェスティバルに参加することになって、さあ大変。 Teddybaer Total の準備も手につかないうちに、ほかのフェスティバルに参加するなんてまさに自殺行為!?

まぁ、なんとかなるでしょうよ。気軽にいきましょうね。気軽に。



、、、ということで、
まとまりませんが、近況報告でした。


 
 

京都のストリートミュージシャンが歌っている、この動画を是非ご覧いただきたい。

内容は脱原発を挙げる講演会などと一緒なのに、音楽となると耳に届きやすくなるから不思議です。


休みがないので、強硬スケジュールでDuesseldorfに。


週末でお天気に恵まれたために、電車の中も自転車でいっぱい。
warabiももちろん、中央駅から美術館まで自転車で GO

川の向こうには巨大な凧もあがっていたりして、のどかさいっぱい。


Stiftung Museum Kunstpalastで行われている、Nam June Paik展Nam June Paik Award 2010を鑑賞。




museum





njp
Nam June Paik
„Mercury”, 1991



warabiが生まれた頃には、もう一線で活躍をされていた彼。
あの時代に、こんな奇抜なものを作っていたなんて、すごいよなぁ。
かっこいい。

Buddaシリーズ、ビデオカメラシリーズ、ロボットシリーズ等、大きなレーザーを使った作品まで、広範囲にTate Liverpoolから来ていた。
見応え◎。



Nam June Paik Awardのほうには、
山口時代の知り合いが出展しているので、「是非見たい」となったわけだが。。。



daito manabe氏が率いる 4nchor5 la6というグループは、"The way sensing Go" を製作。

楽しみにして作品の前に立つと
「Defekt」(故障中)といわれがっかり。

会場の人の話では、スイッチを入れると配線されたものが物語的に次々に作動し、とても面白い作品なんだとのこと。

動く作品なのに、それが見られなかったら意味ないじゃん。
でも、こればかりはアーチストしか修理できないものね。
仕方がないので、壁に取り付けられた製作ビデオを音無で鑑賞してきました。


あまりにかわいそうだと思ったのか、
「本当はダメなんだけれど」といって写真を撮らせてくれたのが

こちら↓



manabe
4nchor5 la6
"The way sensing Go"



壁の落書きは、筋書きの説明とでもいったらいいのか。
スタートからどのように作動するかが書かれている。


入り口を張っているガードの人は、
「若い彼らは毎日24時頃まで作品を組み立て調整していて、僕はそのときここで番をしていたんだ」
嬉しそうに話す。

とてもいい展覧会になって、働いている人たちも満足している様子。
いいねぇ、こういうの。



さて、もう一つの日本人の作品。

Ei Wada氏の "The Braun Tube Jazz Band" は、これがまたすごかった。
目から鱗とはこのこと。

写真はないので、リンク先で見てほしい。
彼の偶然的発見と興味を突き進む執念深さに感服。まぁ、アーチストというのは大抵こういうものかもしれないけれど。

なんでも、

ビデオを画面につなぐときに白と黄色のプラグを差し間違え、そのときに生じた現象 ”音データが画像
(砂嵐)になる” というのを発見。
その検証として、シロ黒で作った横縞の絵をカメラに写して見たら、ブ〜ンという音に変換された。しかも、その絵を遠ざけたり近づけたり、また振ったりすると音も変化する。
そして、その画面にスピーカーのプラグを近づけるとまた音に戻った。


というのだ。

なるほど!

そんな若い彼の作品は、そのアイディアを生かした "モニター楽器”。
上の要領で、モニターに触れると体を通る電流に抵抗が生じ、音の変化が起こるというもの。

モニターごとに音域が設定されていて、指で触ったとき、手のひらで触ったとき、ぎゅっと触ったときなどで違った音色になる。
鑑賞者もその場で体験できるという、楽しい作品。

和田氏は作品でLiveもしてしまうというから、パフォーマーでもあるわけだ。
Liveも見たかったなー。

他の作品もじっくりと鑑賞すると、それぞれに味がありいい感じ。
warabiも、もっと時間が欲しかったヮ・・・



というわけで。
見応え十分なこの展覧会。入場9Euro (割引7Euro)。

可能な方は是非!

パキスタン音楽のコンサート

↑ RuhrtriennaleのHPには すでに昨日の写真が載っている...



islamisch




久しぶりに18時間というシフトで働いたのと、これもとっても久しぶりにフォローをしたので、疲れたり興奮したりの繰り返しであった。

Intendant 芸術監督の挨拶をフォローするだけ、という話が、始まってみるとほぼ焚きっぱなし(専門用語: ピンスポットでフォローし続けることを意味する)

それも、デザイナーの言葉は
「もし、できれば・・・」の、先が途切れ聞こえない無線からの声が始まり。

はいはい、センターで歌っている民族衣装のこの人ね。


久しぶりに親指がツリそうになったwarabi。
いや、なかなか音楽も楽しめたわ。



イスラムの音楽って、お囃子で手を叩く人がいたり、手を叩きながら単語を繰り返したりで、なんだかケチャに似ているなぁと思っていたら、Mくんがインディアンの音楽とメロディーの取り方が非常に似ているという。

メインの歌い手と、お囃子の手拍子(リズムいろいろ)とかけ声。手を叩いている人はずっと叩いているので、手の皮が厚くなりそうだと心配したりもしてしまった(笑)。

うん。
盛り上がりっぱなしの音楽とも言える、な。

専門的には全くわからないのだが、民族音楽感たっぷりであることはふたりの異なった感想からもわかってもらえるだろうか。


*


終了後、撤去5時間
これも劇場とはひと味違うところ。

ほとんど仮設と言ってもいい仕込みは、長~い重たいケーブルを巻くのだって、集めるのだってとにかく大変で、時間がかかる。

Knotenmeisterin (結びマイスターとでもいう?)
という威名を持つwarabiは、そんな重たいケーブルや器材をパッパとザイル1本で12m下に下ろしていく。

ああ、楽しい。
そして、らくちん。

でも、それは最初のこと。
さすがに早朝4時頃になると、足が重く、動きもゆっくりとなってくる。体に乳酸が溜まってそうな感じ。

いろいろあったしハードではあったが、怪我もなく無事に終えたので良しとする。

お疲れさまでした!





warabiにとって、現代音楽はとても遠い存在なのだけれども、舞台芸術として見るのは好き。

なんでだろう〜と考えてみると、映画やダンス、またはマルチメディア芸術と相性がいいから、ではないかと思う。
(Ensamble Modernとかのイメージ、ね)

今週末行われた Ensemble ascolta | Johannes Schöllhorn は、現代音楽の中でも まさにそんなコンサートであった。

会場は先週と同じ Sophienkirche ソフィーエン教会。
7人の音楽家と指揮者からなるアンサンブルということで、年代物の石製洗礼台を黒布で覆い、舞台を前に張り出した。
それでも、舞台上は楽器であふれる。


ascota
ギャラリーから覗くと 演奏している様子がよく見える


warabiは照明操作しないといけないので、ギャラリー席を陣取ってオペレーション。一般観客は1階席だから、2階席はwarabiの貸し切り!

そんなことはどうでもいいのだった・・・

なぜ2階席で優越感に浸っているのかというと、舞台を上から見ると「今なにが起こっているのか」見られるから。
こんなコンサートの場合、「聴く」よりも「観る」ほうがとっても楽しく感じる。

現代音楽が好きな方はご存知だろうが、こんなことやっているの?と思うほど、演奏家は意外な方法で音を出しているのだ。

1)楽器を普通に弾く

2)楽器をたたく (ピアノの内側をバチでたたくとか)

3)楽器を別な道具を使って弾いてみる 木琴や鉄琴をバチでなく弦楽器の弓で弾くとか、ピアノの上にピンポンボールを置いて弾くとか、ピアノの弦を弓で弾くとか)

4)シュッとかハッとか声を出す (時には「単語」をいう)

5)譜面を読みながら、ブラシでこすって音を出す (カサカサと擦る音をみんなでやる)

6)以外なものを使って音を出す (拡声器のスイッチOn/Off、紙をこする・やぶる、豆をステンレスのボールにいれる等)


と、書いてみるとあんまり感動がないんだけれど、LIVEでみるとなかなか面白いのだ。

臨場感が伝わらなくて残念!

演奏家は譜面通りに真面目な顔をして(!) 演奏している訳なんだけれど、こんな音楽を作曲する作曲家は 「どんな風に音を見つけるんだろう?」と考えてしまう。

まず、普通じゃだめなのだよ。うん。

そういえば、warabiの学生時代、音響の授業で小豆をざるに入れて左右に流し、「ザッザ〜 と波音を出したりしたっけ。

例えてみると、そんな感じ。
今回の現代音楽って。
方法自体は、以外に古典的だったりするのかも、ね。





使用する小物が多いので、セッティング時には みんなイライラしながら、こちらに用を言いつけてくる。

warabiたちは親切をモットーとしているので(?)、喜んで音楽家の気に入るようにしてあげる。
そうすると、そのうち相手も気分が良くなり、冗談をいいながら仕事ができるようになる。。。

Gute Laune で(気分よく)仕事ができれば一番だもんね。

ということで。
MaerzMusikも そろそろ終了。
週明けには、撤去が待っている。。。








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